2017年12月29日金曜日

意気地なし



僕は拳をにぎりしめた。あの人は僕を怒らせた。もともと感情を表に出すのは上手ではない僕だけれど許せることではなかった。

なぜこんなことをしたのだろうか。
口を開こうにも憤りが強く頭のなかは真っ白だった。あの人は僕がどうでてくるのか関心があったらしい。じっと僕の様子をうかがっている。

それはなぜか闇夜にさしこむ月の光のようで、それを見た僕は呆気に囚われてしまった。

あの人はなにがしたいのだろう。
怒りよりも僕の胸に広がったのは怖れだった。だいたいあの人は太陽のようにあたたかい人だった。そして力強い言動をしてはまわりを励まして導くような人柄なのだ。

にぎりしめた拳はすでに行き場をなくし、僕はあの人が遠ざかっていくのを見ていた。
だんだんと暗い底へ消えていく……。

やはり声は出なくて、あの人を振り向かせることもできなかった。これは茶番だ。僕は逃げたのだ。あの人とぶつかることができなくて、あの人もそれを理解した。

僕は、意気地なしなのだ。




※お題059「喧嘩!」

2017年12月27日水曜日

アルフェラッソ聖人



今日は朝から町は大騒ぎだ。
父さんも母さんも落ちつかない様子で家を出たり入ったりして僕の前を通りすぎる。

学校は昨日で終わりだと先生が言った。
その日、天から僕たちにお告げがあったことと関係があるらしい。

街の鐘が鳴るのとは全く違って、その音はまるで大地の裂け目から噴き出したような音だった。

――――そう、金管楽器のような。
けれど僕たちが考えていたものとは違い、美しい旋律などではなかった。

僕たちはようやくこの日が来たと悟った。
出稼ぎに行った兄さんと連絡を取ったり、隣町に住むおじさん夫婦を心配している両親をおいて僕は家を離れた。

アルフェラッソ聖人が祀られているあの丘へ僕たちは行かなくてはならない。大地の祝福はここに集まって世界をよろこびで満たすのだという。

クラスメイトが僕に気づいて手を上げる。

「待ちに待ったかいがあったな」

学校に行けなくなるのは淋しいけれど、と僕たちは笑いあった。天空へと呼応する咆哮を聴きながら。ああ、すばらしい日がやってくる。



※お題058「記念日」

2017年12月1日金曜日

今宵は満月、血が騒ぐ




オオカミの遠吠えがきこえる。今宵は満月で血が騒ぐのだろう。
彼らの声をきくだけで遠い昔を思い出すと山小屋の主はいう。 私は興味があってその話をきいた。

主はここから少し離れた村の出で幼いころは父親と一緒に山に登り、月に一回ほど、頂上にある祠を手入れの手伝いをした。 そんなある日、主は山で遭難したのだという。助けてくれたのがオオカミで、その遠吠えに父親が気づいたのだと笑った。

「さあ、あまりありませんが、食べてください」
主はにこやかに笑う人だった。長居をするつもりはなかったのに甘えるように出されたものを食べる。鹿の肉だ。

「足りませんか」
その言葉に首を振る。遠吠えが又きこえてきて私は振り向いた。主はさみしそうに「おかえりですか」と小屋の扉をあけて私を外に促した。

扉の向こうにきらめく星たちがみえ、彼はその上の月をみつめていた。
私はこの人を一人にしていいのだろうかとふと柄にもないことを感じたがすぐに振り払った。

ああ、今宵は満月、血が騒ぐ。



※お題057「眠れない」